一応、徹夏ベースで辰夏‥って感じかな。
取っ組み合いの後で二人で穴に落ちたあたりからのおはなしです。
「俺はあんたらが気に入らないだけだ」
鋭い眩耀を宿した瞳を辰巳に突き刺した夏野の心に、ただ桐敷家に――村を汚染した奴らに対する憎しみが黒く影を落としたのは、一体いつからだったろうか。
山入の事件をきっかけに、村が崩壊を始めた。村の人間が次々に死んだ異常な夏。夏野の父親も弔組で何度も狩り出されたし、村のあちこちで白と黒のコントラストを何度も見かけた。死は夏野の周りにも蔓延していた。清水恵。村迫正雄。そして、夏野が外場村へ越してきてからずっと慕っていた徹も、土へ引かれていった。桐敷家を巣窟として村に汚染を広げていた屍鬼たちによって。
村を何かの影が覆っていることはすぐに気がついた。それが起き上がりだと――屍鬼だというところにも辿りついた。でも、何とかしなければと言う正義感より、憎しみの心が勝ったのはきっと、夏野自身にとって、最も失いたくなかったものを奪い取られた時からだったように思う。
(徹ちゃん‥‥)
都会から来た余所者で、世間の枠に囚われない両親のせいで、変わり者扱いをされ。まるで腫れ物にでも触るような接し方をされ、結束の強い村からは一線を引かれているのが分かった。加えて、無愛想で飄々とした夏野に、親しくしてくれる者などいなかったというのに。
武藤徹は、初めて会った時から、他とは違った。何度冷たくあしらっても、しつこく構ってきたし、何度拒絶しても、夏野のことを下の名前で呼び続けた。夏野が根負けして何も言わなくなった時から程なくして、(父親同士の付き合いがあったことも手伝って)夏野は武藤家に入り浸ることが増え、徹と過ごす時間も自然と多くなっていた。
徹は夏野のことを本当の弟みたいに可愛がってくれたし、誰に対しても分け隔てなく接する人気者の徹は、夏野に対しても屈託ない態度で接してくれた。だから夏野も、そんな徹に流されるように心を開いていったし、いつしか「徹ちゃん」は、口癖のようになっていた。
「あんたらは人を殺すことを食事だと言ってる。でもそんなの、あんたらの都合だ!」
「そうだ。だが、人間だって生きていく為に、牛や豚を殺すだろう?それと一緒さ。屍鬼は人間と似て非なるもの。同じ形をしていながら、その摂理は違う。人間が人間の都合でものを考えているように、屍鬼には屍鬼の都合があるんだよ。‥人狼になった君になら、少しは分かるだろう?」
「あぁ‥そうだな。人間も屍鬼も人狼もみんな違う。――でも、俺はそんなこと認めない」
夏野は辰巳と適当な間合いを取りながら言う。同じ人狼同士――だが、夏野には辰巳の心が受け入れられなかったし、辰巳には夏野の心が分からない。
「君が認めようと認めまいと、これは屍鬼の摂理なんだよ」
冷静に言い放つ辰巳はどこか達観していて、それは、人狼として、ずっとずっと長い年月を過ごし、その目で変わりゆく世界を、時間を見つめてきたからなのだろうか。やや興奮気味に向かってくる夏野との温度差は、まるで南国の海と北極の氷山ほどに大きい。
「だから何だって言うんだ!‥あんたらはただ単に食事をしただけだと言うが、犠牲となった人の‥その家族や友人のことを考えたことがあるのか?!死にたくなかったのに死んだ奴、起き上がりたくて起き上がったんじゃないのに、人を殺さなきゃいけないって苦しんでる奴‥急に大事な人に死なれて、残された人は‥!」
「それはね、夏野くん。みんな一度はそう言うんだ。でも――」
食事をしなければ飢えに襲われる。放っておけばやがて死ぬし、体にそなわった防衛本能が食事をしろと叫ぶ。それは人間も屍鬼も同じだ。ただその獲物が、人間であるか、家畜であるかというだけで。
辰巳が今までに見てきた屍鬼たちも、最初はそう言った。そして拒んだ。だけど、やはり皆、自分が可愛いのだ。どんな形であれ、授かってしまった命は守りたいと思う。だから、最初の食事をし、外に出て、今度は人を襲う。赤の他人、知人・友人、家族。そうして、「食事をしなければ死んでしまうのだから」「人間だって動物を殺して生きるのと同じように」と、自分を正当化し、同じく狩りをする仲間と結束をつくり、そうして辰巳のように、果てしない時の流れに身を置いているうちに、人間が歯磨きをするように習慣化して、ひとつひとつに何かを感じたり、考えたりすることもなくなってゆくのだ。
夏野だって、この先、そうならないという保証はない。けれども夏野は、ぽっかりと心に空いた穴、やるせなさをぶつけないことには、どうにもすっきりしなかった。それが子供じみた考えだとしても。
「俺は、あんたらに奪われたんだ‥」
握りしめた拳がふるふると震え、爪が掌に食い込む。辰巳を睨みつける瞳も、同じように辰巳の心に食い込んでいった。復讐心と哀しみの混じり合った揺らめきが。
「君の命と、将来を?」
「‥‥確かにそうだ。でも、そんなことどうでもいい。村を出られないかもしれないって、なんとなく分かってたから。でも‥あんたらのせいで‥!」
叫んだ拍子に、夏野の両の目からほろりと涙の粒がこぼれた。山入からじわじわと押し寄せる炎が反射した橙色の水晶玉には、夏野が失った全てが映し出されていた。
都会に向かって国道を走る自分。切望した村の外。村の中でさえ、自分のやろうとしたこと一つ成し遂げられなかった。そして、失ってから初めて気がついた大切な存在。
(人間の時と、屍鬼の時と、二度も‥)
最後に夏野が見た徹は、律子の隣で杭を打たれて息絶えていた。――幸せそうな顔をして。
「全部‥っ、全部あんたらのせいだ!!」
夏野は大事なおもちゃを取られた子供のように、ささくれ立った感情を辰巳にぶつけた。きっと夏野自身、自分が泣いていることにも気がついていないのだろう。
地上から随分と深く掘られた穴の底。夏野は這い上がるでもなく、濡れた顔を拭うこともせずに、胸ポケットに忍ばせた小型のダイナマイトを取り出し、自分の胸に抱えた。
「君は‥!」
辰巳は一瞬狼狽え、そして再度、決意に満ちた夏野の瞳を見据えて、言った。
「‥‥君は、死ぬのが怖くないのかい?」
夏野は少し沈黙した。辺りには、木々が燃えるパチパチという音と、煙の臭い。
夏野は、諦めの混じった笑みを向け、
「俺には、もう何も残ってないから‥」
そうして、胸に抱えた破壊弾のトリガーに手をかけた。
「そうか‥」
きっと夏野は確実に、辰巳ごと自分を消す。やがて燃えて死に絶える村と同じく。夏野の手にしているダイナマイトがハッタリでないことは、辰巳にもすぐに分かった。それほどまでに、夏野の抱いている憎しみや空虚、哀しみ、覚悟は、大きくて揺るぎないのだろうと。
「‥あんたは、怖いのか?」
「‥‥あぁ、そうだね。‥僕は死を恐れていた。僕だけじゃなくて、ほかのみんなも、きっとそうだ」
「身勝手だな。‥‥たくさん人を殺してきたあんたが、自分が死ぬのは怖いだなんて」
「そうだね。‥でも――」
言いながら、辰巳はそっと夏野の背後に回った。そうして、ひょろりとした体を後ろからそっと包み込み、
「君と心中するのは、悪くないかもしれないな」
微かに震える夏野の指先を覆うと、小さな体を抱きしめたままトリガーを引いた。
アニメ版で、律っちゃんと徹が寄り添って杭を打たれて死んでるのをじーっと見ていたのを
見て、「これは‥!Σ(゜▽゜)」と思って書いてしまいましたw
辰巳と夏野、あれって心中だよねwww
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